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本日は大町市で開かれたオルカの輪の会(大北地区発達障害の子をもつ親の会)に参加してきました。

オルカとはシャチの事で子供に愛情が深く家族の絆が強く人間と似ているということで名づけたそうです。奥が深いですね~!

勉強会の講師に信州大学医学部子どものこころの発達教室 特任准助教 樋端先生をお迎えして「医療現場から見た発達障害」をテーマに時折親に問題を投げかけるという楽しいものでした。

つい親が言いたくなる(言ってしまう)ベスト3

・早く
・待って
・言う事を聞きなさい

ここで親に対して先生から問いかけが出される。

「子供に対してイライラして怒鳴ったり手をあげてしまうのはどんな時ですか?」

言う事を聞いてくれない時、自分に余裕が無い時など・・・
これって全て親の都合ですよね?

発達障害の子供からしたら

・早く出来ないよー、まだできないよー。
・これがきになるんだよー、今すぐやりたいんだよー。
・納得できなんだよ、わからないんだよー。

だから発達障害なんだよーなのです。おぉ~納得!!

凹凸を平らにしたくなりますか?大抵の親はみんなと違うと不安になります。
でもちょっと考えてみてください。その凹凸を強みにしたらどうでしょうか?

・発達の保証を(一方的に高い目標ラインをひかれると自己肯定感が下がるだけ、だけど将来居場所がなくならないようなことは身につけさせる)
・凹は代償方略を(ツールを使う、人に頼むなど)
・凸を活かす(伸びやすいところに着目して伸ばしてあげる)

そして3つの大切な物とは?

・知識(情報的支援)
・余裕(心理的支援、実際の支援、仲間)
・対話の継続(コミュニケーション支援)

そして穏やかに、繰り返し、そして待つ。行動に注目して本人の体験を聞く(想像する)、環境や指示の工夫し、一貫した対応をおこなう。きちんと本人が納得する形で理由を伝える。

好ましい行動は褒める、好ましくない行動はスルーする、自分や他人を傷つける行動はルールを作って一貫した対応を!

さらに誰のための診断、アセスメントですか?

アセスメントをもとに、本人が今 苦痛なく、不安無く、混乱なく過ごせる(本人が楽しく、安心でき、わかる)、先へつながるような具体的な支援や配慮を継続することが重要。子どもにとっていい環境を準備するための、周囲に対しての診断です。

診断された親に頑張って!なんて言われると悲しくなります。
もう十分頑張ってますから。

余裕がある人が余裕が無い人を助けるのが原則で逆になると悲劇、知識があっても余裕も必要。ヘルプをだして助けてもらえる環境、対話の継続、フラットにオープンに、医療は親・子・支援者の潤滑油的な存在であれば良い。医療ー教育ー福祉ー行政という連携がうまくとれていなのが、今一番問題視されているところです。

この連携がうまくとれていくと、もっと親も子も生きやすくなっていくのですが・・・大きな課題ですね。

そして二次障害の予防が一番大事です。0次特性は強みにもなりうるので、子どもの好きと得意を大切に成長を楽しみに観察することはとても大事です。その特性(才能)が天才に生まれ変わるかもしれませんよ!

そして行きていく上でいちばん大事なのが援助希求・・・自援力・ヘルプシーキング
誰かに助けを求める!生きていく上でこれは絶対身につけておきたいスキルです。
思い切って援助をもとめたときに助けてもらえたという経験から身につけられるものです。

試行錯誤を保証する(挑戦したことを肯定。失敗してもやり直しは出来るという保証、安心感)、支援付き試行錯誤(将来を見据えて自分で選んで決め、上手く行かなかったことも含め結果をひきうけ自己理解を深め対処を工夫する力)
自分を知って、自分を社会にどう位置付けるか?(自分でやれること、やれない事を見極めることが出来る)

親離れは本能的、子離れは意識的だといいます。

親の言いなりにしない、本人で意思決定する環境を作ってあげる。
思春期は自分で考える力を養う大事な時期です。
福祉の活動、余暇活動支援、自己理解の促進、親離れ子離れの支援。

成年移行期には色々な問題が起こります。当事者である子ども抜きで親や周囲が色々決めるようなことはしてはいけません。

当事者・支援者・医療・教育・福祉を超えた対話の場が必要。

連携・移行の為のガイドラインやツールが必要←これが今一番問題視されているところでしょうか?
医療をもっとうまく活用して、発達障害の親も子も生きやすくなっていくと良いですね。

次回のオルカの輪は1/10にえじそんくらぶ長野の阿部優美子さんをお迎えして「ストレスケア」だそうです。発達障害の親はとにかくストレスを抱えがちです。心のメンテナンスしてみませんか?

 

 

 

キッセイ文化ホールで開催された「信州あいサポートフォーラム2018」に参加してきました。
会場は平日にも関わらず約300人の人で溢れかえっていました。

信州あいサポート運動とは
・障害について知る
・できる範囲でちょっとした手助けをする
・障害のある方も暮らしやすい地域社会(共存社会)になるように、皆で一緒に作っていく運動です。
基調講演ではテレビ・ラジオでおなじみの松山三四六さんを講師にお迎えして「心のバリアフリー」について。
お堅い講演かと思いきや、最初から三四六トーク炸裂です。

動物は完成形で生まれてきます。
でも人間は未完成で生まれてくる。生きているということは誰かに支えられている。
人はスタートから誰かに支えられている。心の支えがいるから生きていける。
支えられている人も支えているいる人である。
動物には白目無いですよ!!人間の目になぜ白目があるのか?どこをみているかわかる為に白目はあるんですね~。
温もりあって支えあうのですよ!

命という字は何から出来ていると思いますか?口と令です。ミッションを果たすために命はあるのです。
神社にお願いしに行くのではなくて、命令を聞きに行く場所。自問自答する場所ですよー。
幸せは仕合わせなのです。行動を起こしなさいという意味です。
行動すると有難うという言葉が返ってくる。この有難うの反対語は当たり前。
人生幸せになる為には有難うと言われることをいっぱいする。
私達は幸せになる為に生まれてきた。人を幸せにするために生まれてきた。
忘己利他・・・自分のことは後にして、先ずは人に喜んで貰う事をする。そこに幸せがあるという仏教用語です。
作用反作用の法則・・・力はペアになって働く。人間一人では生きていけません。
恩送り・・・恩を返したい→次の人に恩送りをする。
障害のある人を支える、支えられる。みんながそのような気持ちになると心のバリアフリーにたどり着きます。
その人の歩幅に合わせた支援を、支えを!
人は支えがないと生きていけません。欠点とは足りない事では無く、欠かす事の出来なかった点。
障害者とは私が苦しかった事を代わりに受けてくれた人。
そう、障害者が居なかったら私達は幸せにはなれなかったのです。
困っている人を見たら助けてあげる。
そういうことが世の中当たり前になるのが
本当の心のバリアフリーなのです。

説得力あり熱く語ってくれた三四六さん。本当に素晴らしい講演でした。

中信地区の養護学校では今月が学校祭ラッシュです。
今日は松本養護学校と安曇養護学校で学校祭が開催されました。
今回は安曇養護学校の学校祭へ行ってきました。

学校祭では児童・生徒達がこの日を目標にして学習してきた成果の発表をする場で、
一般の方々に養護学校を公開する日でもあります。

中学部の様子をご紹介します。
中学部になると就労に向けての予行練習も兼ねて、4つの作業班に所属して力を合わせて製品作りをします。
作業班に所属するとその工程にあった校外学習が実施されているそうです。
牛乳パックを再利用した手すきハガキ班、草木染めやさき織りの染め物班、生徒自ら磨いて塗って組み立てたベンチ班、羊毛フェルトを丸めて小物を作る森の仲間班。
会場の体育館には沢山の作品が並んでいました。
中学部の生徒が作ったとは思えない素敵な作品の数々。
次から次へと売れていきます。

売り子はもちろん養護学校の生徒達です。
みんな笑顔で接客します。養護学校の子供達は挨拶をしっかりしてくれます。
自分たちが作ったものが売れるとお金になるということも学びます。
高等部になると更にレベルの高い品々が販売されているそうです。

一般公開は様々な学びでもある大事なイベントなのです。
もっと多くの方々に養護学校の活動を知って頂きたいですね。
来年はお近くの養護学校の学園祭に足を運んでみませんか?
子供達の明るい笑顔に会いにいってあげてください。

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10月1日に長野県精神保健福祉センター主催の研修会@にじいろキッズライフで開催された精神科医の斎藤環先生の「ひきこもり支援とオープンダイアログ」という講演会に行ってきました。

台風一過の日で、交通が乱れた影響で斎藤環(たまき)先生は45分おくれ、30分延長しての講演でしたが、ものすごい勢いで喋って行かれました。
斎藤環先生はこの分野の第一人者であり、実に具体的で、ひきこもり支援だけではなく、不登校や発達障害への関わりなどにも、いろいろ応用が効きそうなアイディアが満載です。
観念的ではなく、なるほどすぐにやってみようと思える、実践に基づいた具体的な手法の話はいいですね。
小栗正幸先生の講演に通じるものがあります。

印象に残ったところを中心にシェアします。


ひきこもりの人の数は多いが支援の方法論は確立されている

引きこもりは調査しても必ず過小評価されるため実態の把握はなかなか難しいですが、全国で少なくとも100万人、おそらくは300万人くらいいると推定されています。

ここでの引きこもりというのは状態像であり、外出していないというのとは関係なく、家族以外との関わりがなく6ヶ月以上社会参加しておらず、精神疾患を第一の原因としないものをいいます。
精神疾患がある場合はそちらの治療が先になります。

病気ではないかもしれませんが、決してほおっておいてもなんとなるものではなく、不登校の2割位が引きこもりになるとされ、親もうつ状態を呈したり、母子密着状態の共依存関係になったりします。
しばしば著しい長期化に至るため早い段階で対応することが大事です。

ニーズは個々に違うので、そこを把握することが大事です。あまりいませんが、本人が充足しており、状況が許し、全然ハッピーだよとう人は支援対象ではないということです。

ひきこもりは男性に多いとされますが、これは女性の場合はジェンダーロール後進国である我が国では、家事手伝いや専業主婦だという口実があるため事例化しにくいということもあるようです。
引きこもり女性にはうっすらと男性恐怖症がある場合もあり引きこもり女子会というのにもニーズがあります。

今やひきこもりの支援の方法論は確立されており(ガイドラインもある)、人手がたり、動機づけにさえ失敗しなければ必ず回復すると強調されていました。

また支援をはじめる年齢に遅すぎるということはなく、慢性化することはなく、40歳でも50歳でも回復をめざせるということであきらめずに支援する価値があります。
大事なのは対話的な姿勢でまつことで、あえて「引きこもっている人はなんとかしたいと思っている」という先入観を持ってくださいとのことでした。

診断を下すことで本人の自己洞察が深まり、生きやすさがますようであれば診断には意味がありますが、発達障害の診断は過剰診断の傾向があり、横断的にみるとかなりのケースでそう見えますが、幼少期からの評価などをキチンと行い安易にラベリングしないように診断は大切に扱っていただきたいと強調されていました。

まずは家族へのアプローチから

引きこもり支援の多くは、まずは家族相談から入ります。本人が来なければ支援できないというのでは支援にはなりません。親支援、個人的支援、中間的過渡的な集団との再開(ディケアや自助グループ、地域活動支援センターなどのたまり場)、社会参加の試行錯誤(就労移行支援、ボランティアなど)と引きこもり支援が進みます。

ひきこもりの人の家族の基本的心構えは「本人が安心してひきこもれる関係づくり」です。
傍目にみて甘やかしているように見えるくらいのほうが上手く行きます。

ついやりがちな不安を煽って恫喝する手法、厳しい対応で兵糧攻めにして追い詰めるやり方は、まずうまくいかず通用しません。言いがちな「怠け」「甘え」「わがまま」などは禁句です。
北風よりは太陽。安心をえられるとそこを土台に踏み出せますが、不安だとそこにしがみつきます

とはいえ受容の枠組み設定は大事です。

お金は必ず定額小遣い制で

消費活動は最初の社会参加なのですが、働かざるもの食うべからずと、お小遣いをあげないということは、あなたは一生社会参加しなくていいというメッセージになり、ない生活に適応し、欲もなくなり、意欲もなくなります。
一方で言われたらその都度お金を渡すというやり方もダメです。
子どもとして扱わない、半人前扱いしないということで、お小遣いは定額制の月額制一択であり、このあげ方以外には金銭感覚が身につきません。
具体的には食費、治療費、保険などを別枠にして、家庭によりますが、ネットや携帯などの通信費、衣類代など込みで平均23000円であり、使い切ろうがためようが本人の自由にすべしとのことでした。

暴力は断固拒否し一貫した対応を

引きこもっているこどもは弱者ではありますが、続発する暴力は断固拒否することです。
拒否は禁止とは違い、「嫌だ、辛い、やめてほしい」としっかり伝え、させないであげるということが大切です。
具体的には、通報、もしくは避難といった暴力がおきたときの対応を予告しておき、実際に暴力が起きたら予定通り実行します。その日のうちにが原則です。

避難の三原則は①暴力直後の避難、②避難直後の連絡(暴力が嫌で逃げたけれど、あなたのことは見捨てていないと伝える)、③最低一週間くらいあけて帰宅するということです。

通報は警察などを必ず呼ぶことで本気度を見せることが大事です。(警察ではなく第三者でも可)
これらはパフォーマンスであり、措置入院や逮捕するというようなことは必要ないのですが、それくらい嫌だということを示すために、きちんと呼ぶことが大事です。

これをやっていれば暴力は必ず収まりますが、この方法で、収まらない暴力は親に罪悪感があるなど、脇が甘いことが大半とのことでした。

ライフプランとケアとしての就労支援

ケースワークも立派な支援であり、お金の問題は一つの重要な切り口であり、相続や介護の問題、なども切り口としてはあり、ライフプランの提示して限界をしってもらうのは大事です。本人の住居を確保した上で別居し、年金受給年齢までの年収(100万円程度?)を保証する、財産リストを作成する、福祉制度を活用を考えるなど見える化します。
それらの話題を媒介にして対話が成立させるというやり方もあるそうです。実際にそれを專門とするファイナンシャルプランナーもおり様々なテクニックがあるようです。

就労はゴールと考えがちですが、注意が必要なのは、「なぜ働くのか?」(就労動機)ということに関して、旧世代は「食うため(ハングリーモチベーション)」と考えますが、若者世代はそれはリアルではなく、むしろ「承認のため」であるということです。
承認欲求というのはマズローの欲求段階説のように、生理的欲求、安全欲求、関係欲求が満たされて初めて芽生えやすくなるということが注意が必要です。
ブラック企業など、不適切な職場は、これらの欲求を全部潰してしまいます。
就労は回復の過程で後押しする機能がありますが、毒にも薬にもなります。
「選ばなければ仕事はある」といっても、選びたいのです。

人からされた説得には必ず反発が伴います。
支援者の役目は動機を与えるのではなく動機の発見を手伝うことです。

自分で発見した動機が一番強いことを考えれば芽生えた動機はかならず取り上げましょう。
つまりどんなに無理そうでも無理とはいわない。まずやってもらい、実験としてやってみようというスタンスです。
「頑張れ」よりもグッドラック。試しただけで大成功、決してダメ元ではなく、データをとったということで失敗はありません。
ゴールはどんどん変わっていくかもしれませんが、動いていると別の目標も出てきます。
脆弱性をかかえた若者の就労支援は必然的にケアの要素をはらみます。
そこに高度の専門性は不要です。多くの半専門家のサポートによって就労支援はケアになります。

全ての基本は対話(ダイアローグ)から

さて、これら全てに大事なことは対話(ダイアローグ)です。
対話というのは面と向かって声をだして言葉を交わすことで、主観と主観の交換です。
まずは毎日の挨拶から。誘い、お願い、相談もいいでしょう。
家族ならまず夫婦での会話を活発にして、参加しやすい雰囲気が大事です。話題の選択も大事で、ニュース、スポーツ、芸能界などの時事的なものはいいですが、将来、仕事、学校、過去の栄光、同級生の噂話などは禁物です。

議論や説得や正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言(モノローグ)」であり、モノローグの積み重ねがしばしば事態をこじらせます。診断などの客観性や正しさの追求は()に入れておき、まず「外出させたい」「仕事につかせたい」「親の見栄や世間体」などの下心は脇に置き、本人からの言葉は遮らずに耳を傾けることが大事です。

言葉を介さないコミュニケーションは大体うまく行かず、邪心をもった「これみて悟れ」式(本やバイトのチラシなど)は必ず怒りや不信感をかいます。

見てほしいとおもったら必ず言葉を添えましょう。
通院させたいときもまず親からはじめ、できたらあなたも一緒にというスタンスがいいです。

要は、いかにまっすぐ向き合ってくれたかということが大事ということです。
基本姿勢は、相手に対する肯定的態度であり、肯定とは「そのままでいい」というよりは、「あなたのことをもっと知りたい」というスタンスがよく、好奇心と興味をもって向き合うことがよいようです。

支援者も権力構造を最小化するために専門性を脱ぎ捨てて、ヒエラルキーをフラット化したチームで対話することが大事であり、多様性を尊重し、違いをすり合わせて折衷案をだすのではなく、ただ違いを深掘りし、選択肢を広げ、アイディアをお盆に乗せることで十分で、ゴールを定めず、対話さえ続いていればなんとなかるという視点(対話主義)が大事とのことでした。


斎藤環先生の以前からの著作もずっと読んで参考にしてきたこともあり、だいたい自分の実践もほぼ同じだったなと再確認できました。

(長くなったので、オープンダイアローグについてはあらためて)

(といぴ)

みんなの学校」の映画を見ました!

(9月30日(日)安曇野市豊科交流センター「きぼう」にて上映)

2年ほど前に1度見た映画です。
大阪市立大空小学校のドキュメンタリーです。

大空小学校では、職員と保護者と地域がチームになって子どもたちを育てています。
(特別支援教室はありません。30数名の支援を必要とする子も、すべて皆と同じ教室で学びます)

簡単に書いていますが、今のほとんどの学校ではそれはできていません。
なぜなら、「うちの子」「自分の学級」(が一番大事でそれを守りたい。そのためには他を排除しても構わない)という大人の意識に子どもが囲い込まれているから。

前回見たときは、「ああいいことしているな」「でも、今の学校では学級の人数が多いし、教育界の意識を変えるのも実際には難しいな」と、正直感じました。

でも、今回は、我が事のように思い、心打たれました。

私は、発達障害(正式に何かは不明ですが)の子どもを育てています。
そして、過去、小学校・特別支援学校で働いてきました。

私事を書きます。
2学期の夏休み、学童クラブで息子の投げてしまった石がある女の子の顔に当たり、怪我をしてしまいました。
相手の父親はひどく怒り、こんなことを言われました。

「あんたの家の子は他でもいろいろと問題を起こしているそうじゃないか。どうなっているんだ」

謝りに家に伺った時、息子は「もう他の人を怪我させるな。男と男の約束だぞ」と言われました。

息子は、無意識に石を投げたので、全く心には響いていませんでした。
(そのお父さんに息子が発達障害であることは伝えたのですが、その何ぞやを知らない方にとり、怒られたり・・などの反応はまあフツーだよな・・娘の顔に怪我させられたのだし‥と思っていますが。でも、息子って全然知らない親にもそう思われているんだ、ということは、他にもそう思っている人結構いるんだと、ちょっとショック!でした)

また、2学期明け、産休で先生が代わり、すぐに運動会の練習が始まるという、息子にとっては苦手なことが2つ重なり、登校を嫌がる日々が続きました。

そして、運動会が終わっても、これは続きました。

学校からの連絡帳には、息子が学校で物に当たり散らし、暴言を吐くことが何回も書かれていました。

代わった担任の先生に、1つだけお願いをしました。
「息子のことを『困った子』『友だちのサポートがあるおかげで生活できている子』ととらえないでください。一番困っているのは息子です。その心に寄り添って支援をしてください」と。

幸い、先生はその言葉を受け止めてくれました。
先生も、新しい学校、初めての学年の学習指導でいっぱいいっぱいだったのです。そして、息子に手を焼いてしまっていたのでしょうね。

そして、その数日後、息子は登校を嫌がらなくなりました。
今も、安定とまでは行きませんが、友だちとの時間は楽しくなってきたようです。
先生のちょっとした見方の変化が、息子には伝わり、また、回りの子どもたちにも良い方向に伝わるのです(学校の先生の責任は重大です)。

大人の温かなまなざし、こどものありのままの姿を認め、どう伸ばしてい行くかを考えること、いろいろな人がいる(多様性)ことを肌で感じること、そうできる環境を大人が協力して作ることは、子どもの本来持っている生きる力を大きく引き出します。
それは、映画でも言っているように、その地域を変え、そしいて社会をも変える可能性を秘めています。

「みんなの学校(大空小学校)」は、公立小学校でありながら、それを実践している貴重な学校です。

息子の通っている学校の先生にも、教育に携わる方にもそうでない方にも、できるだけ多くの方にみていただきたい映画です。

映画では、支援を必要とする子どもがクローズアップされていましたが、本当は、回りの子どもや大人が、その子どもから多くを学んでいるのです。それは、木村校長先生も自ら言っていました。

そして、「この一瞬が大事なんだよ」とも。
この、何ともいえない言葉の重さ。

さて、私にこれから何ができるか。
目の前の息子との関わり、学校との関わり、もっと大きな「教育」の転換への関わり。

一歩一歩できることをやっていきます。

「みんなの学校」

ぜひ機会があればみていただきたいです!!

(AOさんの寄稿)

映画「みんなの学校」、特に大人、みんなが必見のドキュメンタリー映画です!

この映画はDVDでの販売、安価なレンタルなどもなく、こういう自主上映会でしかみることができません。
オッキーさん、安曇野で2度めの上映会を企画していただきありがとうございました。(案内はこちら
おかげさまでやっとみることができました。

全ての子どもは地域の宝です。
全ての子どもの学ぶ権利を保障すること。これは憲法で定められている当たり前のことのはずです。
とはいえなかなかできてはいないその当たり前を普通の公立小学校で実現しているのが大阪の大空小学校です。

発達障害、家庭環境、みんな違うことを出発点に、生徒同士も、先生も生徒も親も地域のサポーターも対話を丁寧におこない誰も孤立させまいとします。先生どおしも学級王国に閉じ困らず、困りごとはすぐに相談して孤立していない。先生も生徒も地域の人も認め合い助け合い、みんなにそれぞれ役割がある。
学校が全ての人たちが学び合う場所になっています。

他の学校にいられなかったような一見してわかるような、自閉や多動などの発達障害の子や、貧困家庭の子どもたちも、対話と合理的配慮のもと一緒の場で学んでいました。
その子は変わっていなくても、周囲のみんなの見方がかわることで落ち着いてきて、学校にいられるようになります。
不登校やいじめゼロは目的ではなく、結果なのです。

対話に基づく配慮のないインクルーシブもどきは、簡単にネグレクトや虐待になりますが、誰一人置いてけぼりにしない真のインクルーシブってこういうことかなあと思いました。

特に木村泰子校長先生の生徒や若い先生への関わり方、特に聴き方(まず、いいところを伝える、選択肢を示す)、短い言葉で理由と望ましい行為を端的な伝える伝え方は実に参考になります。
さり気なく子どもたちどおしをつなぐのもすごい。
生徒や教師、保護者にも本当に信頼されているのだなあというのが伝わってきます。

ここ数年、大人の世界でも以前にもまして差別と排除が大手をふるういやな空気を感じるようになりました。
だれひとり置いてけぼりにしないと決めることで、どの地域もどの学校も大空小学校みたいにになれるはず。
そしてそこから地域社会はかわれるはず。

まず自分が出来ることからはじめようと思わせる映画でした。

 

 


「いただきます」は食育に取り組む福岡の高取保育園の物語。
日本人の体にあった伝統的な和食、有機野菜、玄米や納豆、味噌汁の発酵食品が中心でたくさんの生命を体にとりこみます。子どもたちはみんなエネルギーにあふれ、気持ちのいい食べっぷりです。

園児たちは毎年味噌をつくり、作り方を後輩に伝えていきます。
子どもたちも出来ることはする、それはイベントではなく仕事です。
同時上映の短編のGIFTは、ドラマ化もされた、はなちゃんのみそ汁と、その後話です。
がんで無くなったお母さんははなちゃんに味噌汁の作り方を教えました。
そのはなちゃんは高取保育園で育ちました。
こちらもおすすめです。

 

明日、9月30日にも「みんなの学校」と「いただきます&GIFT」の上映があります。
残念ながら午前中に予定されていた木村先生の講演は台風のため講師が来られなくなり、いただきますの上映になりますが松本マラソンも中止のようです。
雨で行くところのない方、是非お出かけください〜。

子どもたちの未来につながる日。あなたの中の何かが変わりますよ。

(といぴ)

木村先生の著作もいろいろあります。

今日は佐久の臼田あいとぴあで開催された信大付属病院 子どものこころ診療部医師の樋端先生の講演

「発達障害者のいない組織は滅びる」

~オモロイ感じの子をエエ感じの大人にする方法~を聞きに行ってきました。

会場は120名もの方々で満員御礼状態。さすがは樋端先生。人気あります。

先生の講演は切り口が斬新です。発達障害にネガティブなイメージある人いますか?数名の方が手をあげる。ネガティブになる理由として大人になった時の対処法がわからない、周りに協調できなくて苦しい思いをするなど。世の中の多数で求められてきているのは、場の雰囲気を読む、指示に従える。周りがそういう流れだからそうするのが当たり前。大人になるってそういうこと。流行語にもなったいわゆる忖度というものです。発達障害の人に忖度は通用しません。

定型発達の人の焦点と発達障害の人の焦点はそもそも別物なのです。ASD者は組織や社会集団の辺縁に存在し、自然の中で自分たちがどう生きていくかに思いを巡らしたり、職人として技を深めたり、アートで表現したり、異文化を繋いだりして人類の繁栄に貢献してきました。またADHD者は今この瞬間を生き、飽きっぽく、ひらめきすぎる。彼らは退屈な環境ではミスを連発するが、獲物を求めて冒険に出たり、開拓したり、想像したり、あるいは危機的な状況の時に力を発揮し、集団を救ってきました。彼らが居なかったら現在のようなSNSの普及には至らなかったでしょう。発達障害者はなぜ生きづらいのか?どう育てれば良いのか?どう生きれば良いのか?合わない環境、生き方は二次障害を引き起こす要因になる。適切な関りがなされないと、ひきこもりや、行動障害を引き起こす。発達障害の子どもの関り方のポイント。

・好きと得意を大切に

・苦手克服に拘らない

・伝わる方法でコミュニケーション

・多数派の流儀を押し付けない

・最低限の発達保証は意識

・スモールステップ

・親は思春期以降は子離れを

・支援付きの試行錯誤を。

早くから周囲が気づいて応援団になることの必要性(丁寧な子育て・親支援)十分な知識と余裕をもち、コミュニケーション方法を工夫して本人の気持ちに近づく。親・教師・支援者との相性(これは避けて通れない課題の一つでしょう)。

ASD者は拘りをマネジメントする、ADHD者は特性を知り工夫できるようにする。共通して言えることは「努力や根性では無く創意と工夫」。維持したい暮らしがあるとルールを守る、ルールを守ることで守られることを学ぶ。視覚的、具体的、肯定的に説明して先ずは同じスタートラインに立てるようにする。障害者差別解消法の合理的配慮でそれぞれにあった学びのスタイルを導入する。社会の中で生きるには自分でやれること、やれない事の見極め、ルールを守りやれないことは他者に相談して援助を求めることができる、天才だから仕方ないと仕方ないと周囲に諦めてもらうのか、対話で合理的配慮を得ていくのか、相補的なパートナーを見つけるのか、福祉的支援を得るのか。様々なスキルが求められるところです。

思春期以降は子離れするという子育て。親が先回りしない。進路は自分で選んで進む方向を決める(問題点は受け皿になる学校が少ないということ。本人に選ぶ余地が無いというのが現状)。課題の多い思春期を伴走し接続を丁寧に。サードプレイス・アフタースクールの充実を(地域での就労体験・余暇活動支援・性の包括的健康支援など)思春期で大事なのは親は徐々に手をひいて、自分で試行錯誤して選択する力、本人がやりたい事を出発点にする、一定のラインは親がひくが後は自分で。好きなことをやって生きる人が増えると世の中の流れが変わっていくのではないか?

樋端先生の通知表も織り交ぜながらユーモラスな二時間の講演。参加された方々はポジティブな気持ちで帰っていったことでしょう。

次回はたこ焼きを食べながらの講演を予定されているようです。こちらも楽しみですね。

9月15日(土)13;30~

会場:塩尻市市民交流センター(えんぱーく)

塩尻での当事者会は今年4月のトークライブイベントをのぞけば今回で2回目になるんですが、まあ40名は越えるでしょうと予想はしていたんですけどね~。結果的に45名(スタッフ込み)となりました。

あいも変わらず塩尻・松本地区はほんとにようみなさん集まってくださる~感謝感謝^^

で、最初に某役所で働いている当事者さんによるパネルトーク?事例発表会?といった方が良いのかな?パワーポイントで、自分自身の特性についてお話ししてくださいました。

キュートで魅力的な女性です。”変なくせ”があってよく怒られるとの事でしたが、こんな職員さんいたら、さぞ職場は笑顔であふれて楽しいんだろうな~。

頭からゆげがぽっぽっと出ていた”怒れる市民”も、一瞬で笑顔になりそうで・・・・。

”だいじょうぶです!あなたはそのキャラでいきましょう♪”と一言声かけしようと思ったのですが、彼女にアドレス交換を求める人たちで周囲が賑わっていたので、声かけられずw

質問コーナーの時間は、質問というよりも話題にして欲しいお悩みの提案が主になりました。やっぱみなさん同じようなところで悩んでいたのです。

当事者会のいいところは、”自分だけじゃなかった”と気付かせてくれるところですかね。

はっきりいってあまり広い部屋ではなかったせいもあるのですが、後半のグループ分けでのお話し合いは、お隣グループからの声が混雑していて、グループ内での他の人の話が聞き取りにくかったとの感想が出ていました。

 

毎回課題として残るのですが、ちと考えていかなければいけないポイントですね。

今回も場所とりをしたのですが、消防法のしばりもあって入場できる人数に一定の制限がある事を初めて知りました。確かに万が一火事や大地震が起きたら、かなり会場がパニックになるのは明らかでして。

そこまで組織立ててやった方がいいのかも・・・と、ふと思いつつイージーというか先の事まで考えない良い意味でののんきさも、なかなか居心地が良いものです。

ともかくも塩尻市市民交流センターは設備がきちっと整っているのと、建物がまだ新しくてきれいな事もあって、会場としての評判はすこぶるいいです。

こういう事でもないとなかなか顔を合わせる機会も少ないので、お互いの近況報告をしあえる楽しさも、リアルな当事者会にはあるのですよ。どんなに世の中が便利になっても、これはやっぱうれしいと思うのです。

限られた時間の中で問題解決に結びつけていく難しさはありますが、ちょっとでも何かつかんで帰ってくれたらうれしい。ぜひ感想や意見、要望をコメントやメッセージでくださったら感謝します。

(上村)

 

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子どもの発達について~定型発達と発達障害~

支援者向けですが、どなたでも参加可能です。

 

[発達障害の理解と対応]

平成30年11月17日(土)10:00~15:00

長野県で長らく発達障害にかかわられ、厚生労働省の発達障害專門官として政策にかかわられた後、今年から国立のぞみの園研究所長に赴任された日詰正文先生(言語聴覚士)の研修です。

長野県看護協会会館(信大病院前)

長野県看護協平成30年度教育計画 / 研修受講要領

・・・原則として保健師、看護師、准看護師向けのようです。