コンテンツへスキップ

2019年4月に長野県塩尻市で開催された発達障害あるラボトークライブにゲストとしてお招きしたイイトコサガシ冠地情さんの出版記念インタビューです。
(インタビュアー 樋端)

冠地情さんといえば語れる発達障害の当事者としてとても有名な方で、主に発達障害者のコミュニケーションのためのイイコトサガシワークショップを各地で開催されてきました。
今度、いよいよ本を出版されるそうですね。
どんな流れ本を出すことになったのでしょうか?

編集さんから「発達障害当事者が創ったワークショップの本なら行けると思うので、今度企画会議にかけてみようと思います」 って言われたんですよ。
イイトコサガシ側から提案した感じではないですね。 (提案してもどうせダメだろうしなぁ、みたいな)
なんでも高齢者介護のレクリエーション本が、意外と売れたから、これなら行ける! と思ったみたいです(笑)

すごい楽しみです。発売はいつですか?そして内容はどんな感じになるのでしょうか?

タイトルは「発達障害の人の会話力がぐんぐん伸びるアイスブレイク&ワークショップ」(講談社)
定価:1500円(税別。消費税は10%⇢1650円)
作者:冠地情(イイトコサガシ)漫画:かなしろにゃんこ。
12/19(木)全国の書店で発売決定です。

イイトコサガシ・ワークショップが次から次に、漫画やイラストになっています(笑)
SSTの本と比較するとわかりますけど、視点がかなり違います。 「答えにどうやってに近づくか?」 というより、 「プロセスにおけるすれ違いをどう防ぐか?」 が、重点です。
生き辛さの本質って、楽をして省略をしてプログラムを無意味にしちゃう所にあるので… そこら辺を試すという価値観でかなりわかりやすくできた、と思っています。
重要な部分はイイトコサガシHPで補足してよい、というお墨付きをもらっていますので、冠地節で更に濃く掘り下げて行きます…ご期待ください(笑)

クリックでAmazonに飛びます↑

なるほど、いわゆるよくある発達障害の当事者が自分のことを語るタイプの本ではなくて、イイトコサガシで磨かれてきたワークショップのノウハウを詰め込んだ本として広く一般書として発売する感じなのですね。

編集さんはそのつもりみたいです。
流行り廃りがないですから、ワークショップは(笑)
毎年、支援者さんや教育関係者、親御さんが買うと思うので。
発達障害の本って強調し過ぎないで、色々な人に興味を持ってもらいたい、と。
「もう発達障害の本、一周した感がある」とぼやいていましたから。 ほとんど出尽くしてしまったから、ひねりが必要だ、と。
それでもまだまだ売れ続けているらしいですよ、発達障害系。 ある意味で怖いですよね…

内容にひかれた一般の人も多く手をとる一方で、冠地さんの知名度で(怖いもの見たさで?)本を手に取る人も多そうですね。

恐らく界隈の感想と、一般の感想がかなり違う気がするんですよ。
そして一般からのオファーが増える予感があります。 ある意味、発達障害に寄り添っていない本なので(爆)

冠地さんは、今年の4月に長野県のピアサークル「発達障害あるあるラボ」のトークライブイベントにも来ていただいて、ものすごいインパクトでとても好評でした。
発達障害の当事者界隈では冠地情さんといえばかなりの有名人ですよね。
界隈以外の世界の人に向けて自己紹介するときはどんな感じでするんですか?

コミュニケーションの生き辛さの専門家、とか… そのまんま、イイトコサガシ・ワークショップのファシリテーターとして全国を飛び回っている冠地情です、とか。
逆に発達障害がメジャーなので、発達障害当事者として、コミュニケーション・ワークショップをしている冠地情です、とか。

発達障害の本や講演会ってバブルみたいなところありましたよね。
NHKなんかでも特集されたりして。発達障害の当事者の体験やスキルに関する言説もだいぶ一般的になってきました。
ただ、専門家の本、当事者の本や、コミックエッセイなど、たくさん出版されていますが、似たような内容の2匹目のどじょう、3匹目のどじょうとかそんなのばっかりですからねえ。
私も10年くらい前は発達障害関係の本を見かけたら買ってたけど、そのうち似たような本ばかりになって追いつかなくなってあきらめました。

イイトコサガシ内部では2014年にバブルがはじける、だから今のうちに色々と前倒しで準備しておこう… って話していたんですけど、今でも続いている、という(笑) でも半分は当たっていたんですよ。
発達障害当事者講演バブルは弾けちゃったと思うので。
発達障害の本がたくさん出ている割に、掘り下げは進んでいない、というのが私の印象ですね。
内容、ほとんど同じじゃん!みたいな(爆)

それは思いますね・・。
そこから掘り下げることができるのは障害をもちつつ生きている人で、少数派の特異な体験世界を言葉で表現ができ、カミングアウトして自らのこだわりを超えて発表までできるという人だから希少だからかもしれないですけど。

とはいえ、そういった人たちのおかげで医療などでの外から目線の観察と、言語化能力の高い当事者に依る内から目線の当事者の体験談が、やっと繋がり始めたという感じですね。

どうでしょう?
内から目線が意外と、専門家の言葉の寄せ集めになっていることが多い、というのが私の考察です。 とある当事者の講演会でびっくりしましたもん。
「どっかで聴いたことのある話、言葉ばっかりじゃん。 お前の自分らしさってどこだよ?」 みたいな。 オファーが欲しいから、色々な人に認めてほしいから、どんどん媚びるような内容になっている感じですね。

ああ、それも思い当たる節がありますねす。
冠地さんが毒抜きをされず、生々しさをうしなっていないのは、決して世間に媚びなかったからでしょうかね。

同期の毒抜きされた当事者を見ていますからね、私は。 行きつく先は単に生き辛い人、ですよ。 残っているのはメディアと上手く繋がっている当事者だけ… という現実も切ない、本当に切ないです。
毒抜きは自分を曖昧にしていく要素ですからね。 要するに毒を活性化させて魅力になることを放棄して、毒抜きだけになっちゃう印象です。 毒を追求するとドンドン人は離れて行くし、オファーは来にくくなるし、陰で色々と言われるようになるし… あんまりいいことないんですよ。 でもねえ、そこが突破口であり、そこに取り組むからこそ価値があるわけでしょっていうのが、一般視点なわけで。

毒抜きしていくことはある意味自分を否定することに繋がりますものね。
自分の本質を抑えて周りに合わせるという意味で、そう器用に毒抜きできないのが発達障害の人なんでしょうかねえ。

所謂不器用ってやつですね。 過剰適応か孤立になりやすい、と。

冠地さんは、ネット上での投稿などをみていると、言葉なんかにもオリジナリティにこだわりがつよくて、あまり既存の実践から学んだり仲良くしたりせず、全部自分で作ろうとする感じを私は受けます。
車輪を再発明する努力みたいな、回り道というか。じれったいというか、もったいないなあと思うこともあるんですが。

あはは、それはあるかもです(笑)

「発達機会喪失障害」とか「退化硬直」とか、独自の言葉を作って定義し過ぎる気はしますね(笑)、私は好きですが・・。
ぴったり合うものが既存のものから見つけられないのか、言葉を作りたいのか。

オリジナルが好きなんですよ(爆) 後、解釈ですれ違うのが嫌いなんです。

冠地ワールドにどっぷり入っちゃえばいいんですけどね。
こだわりを横において、すでに世の中にあるものは利用して、そこから改善していけば周囲の理解も得やすいし、早道なのではとおもいますよ。

そうなるとモチベーションが、ガクンと下がるんですよ。
別に俺がやらなくてもいいんじゃね?って。 難しいところです。
まあ、後… 私の違和感は意外と当たるので。 無視したくないな、というのもあります。そんなに有名になりたいわけじゃないっすよ(爆)
要するに器用にアレンジできる人じゃないってことです(汗)

なるほど。
「じぶんがー」が強すぎて、発達障害の特に二次障害的な人は大変ですよねぇ。

ううう、耳が痛い… 二次障害は癒すの、大変ですもん。
誰かに癒してもらいたくなるんですよ(無意識) どういう状況だと「自分が、自分が」に変身してしまうか?
ここら辺を自覚するワークショップ、開発したいですね。 自覚しているだけでもかなり違うと思うので。

そういうこともあって、まわりは冠地さんと付き合うのに、ややめんどうくささを感じちゃうんでしょうね。
冠地さんって、賛否両論で好き嫌いが別れますよね。特にネット上では。
実際にお会いしてみると印象はずいぶんとちがいましたけれどね。

いろいろ訴えているを見ると、権力やメインストリームへの反抗みたいなところもありますかね?

ありますけど、昔に比べたらかなりナンパになりましたよ(爆)
昔は悲壮感、好きでしたけど… 今はちょっと疲れるなって(笑)
講談社からの出版で、主流派や権力に対しての感情はかなり収まりました、と。

またテーマが当事者会から当事者支援者へ、発達障害から退化硬直に変化して。
立ち位置も生き辛さ界隈の中でも社会寄りになってきたため、あまり影響を受けなくなったかな? と自己分析しています。

冠地さんはどんな少年だったのですか?

くそ生意気なガキでしたよ(爆) 弁は立つけど、結局はやるべきことをやらない、みたいな。

あー。そういうガキいますね。自分が納得しないと動けない(笑)。
でも「やるべき」って他人軸ですよね。

だって学校ってやるべき王国じゃないですか(汗)

やるべき王国。親と学校からの、やるべきで、矯正され、毒抜きされてしまう。

私の場合、反骨心は残りましたけどね(笑) その代わり超周りに迷惑をかけましたし、私自身のダメージ、トラウマ、ストレスも相当でした。

冠地さんって、ナルシステックなところもありますよね?

ありますね! 自分の主人公的感覚、大好きですもん(笑)

アイデンティティを模索する思春期の物語が続いている感じですかね。

それが永遠の中二病…その正体です(笑)

そこが冠地さんの魅力!?

どうでしょうね?(爆) 正直さ、じゃないですか。
今は自意識過剰に面倒くさい人を目指していますからね、その自覚はあります。 思春期でやりたかったことを今やっている感じです。
昔は本当に自分らしさで物語を展開できませんでしたからね… 本当に何のために生きているんだ? って愚痴ってばっかりでしたから。

承認欲求を求めまくっていて、めんどくさい人になっていて。
それをだだ漏れにしてる、ますます周囲から承認されにくくなっているという悪循環なのでは?
実況中継的に思考をだだ漏れにしているような冠地さんの成長物語は個人的には興味深いですけどね。

思考をだだ漏れさせていますから(爆) なるべくそのまま言語化するようにしていますから(爆)

人の話を聴く、その割合を多くする… というのはもう少し私が色々なことに区切りがつかないと、肩の荷を降ろせないと、無理でしょうね。
悪循環というよりは、その道を通り尽くさないと、次に行けないイメージですね。 カッコ良く言うと孤高を極めないと、結局は中途半端に元の自分に戻ってしまう、というか。

最近私もこころがけているんですけど、Give and takeにこだわるのではなく、もうただGiveだけにするようにしたら、なんかいろいろうまく回りだした感じがします。

単なるこだわりではないと思います。
それで燃え尽き症候群になっているので(笑)
なかなかGiveだけは難しいっす・・。でも昔よりはGiveの割合、増えているとは思います。
なんだかんだキツイですけど、人間関係は生涯で今が最も充実していますから(笑)

イイトコサガシの出版は、冠地さんが苦労して編み出してきたノウハウの大公開という意味で最大のGiveですから転機になるかもですね。
たった1650円で手に入るのだから周囲にとっては素晴らしいギフトですよ。

はい、出会いも変わるでしょうし、承認欲求も満たされると思うので、間違いなく転機になるでしょうね。

自分が報いを直接受け取らなくても、ペイフォワードでいいんじゃないかと私は思いますね。

あ、それは一応、目指しています(笑) 巡り巡って自分に戻ってくればいいや、と。
これでも、これでも、計画的にソフトランディング中なんですよ? まあ違う所で尖ろうとしているから、プラマイゼロな所はありますが。

さて、今回の本はどのように作られたのでしょうか?言いたいことを存分に盛り込んで、表現欲求を満たして思う存分、書きつくしましたか?

実は文章、ほとんど書かせてもらえなかったから、表現欲求はちょっと不満ですよ(爆)
ほとんどが漫画とイラストですから。
とは言え、編集さんとぶつかりながら書くのは地獄だったと思うので、今回はこれでよかったですけどね。

え、書かせてもらえなかったのですか?

もちろん私にインタビューして、その内容を元に話し合ってから書いているんですけど…本当にちょっとです。でも私のこだわり具合で考えると、今回の方法の方が良いとは思いました。
ただ、編集さんが間に入ると平易でわかりやすくなるんですけど、独特の生々しさが消えちゃうという(汗)

逆にすごいですね。自分が気がすむということへの優先順位が高すぎるという自閉スペクトラム症のこだわりを横において、とうとう出版までこぎつけることができたのですね。

というか今までいかに気が済まない…でぶち壊してきたか、ですよ(爆) なんでこんなに俺、人と上手くできないんだろう?の嵐でしたからね。
そりゃあ気が済むようにできるんなら、それが一番ありがったですけど。

これまで出来なかったのに今回は編集者とコラボレーションが出来たのはどうしてでしょう?

できるようになったというより、とにかく当時は私が疲れ果てていて、闘う元気がなかったんです(汗)
あの時期は。 NPO法人化が座礁して、どんどんイイトコサガシ・ファシリテーターが辞めて、オファーはあるけど、このままじゃジリ貧って時でしたから。
だから編集の打ち合わせは癒しの時でした。
結局、この企画は5年くらいかかっていますけど、全く焦りとかがなくてですね(爆) だから巡り合わせが良かったんだと思います。 もし、血気盛んな時にこの企画が入っていたら、間違いなく編集さんとぶつかって、座礁していたと思いますから。
私の出版のイメージって、編集さんとクリエイティブにぶつかり合って創っていく感じだったから(笑)

ともに成長するという意味で対話的だったのかなあ?

長くずっと対話してきた…という安心感は大きかったと思います。
編集さんって、私が初めて自主開催で講演をした時に取材に来てくれた人で、付き合いがとても長いんですよ(笑)馬の骨時代のイイトコサガシを知っていて、オファーをくれたわけですから。

信頼関係ですね。冠地さんにとって、編集さんは、全幅の信頼をよせられるよき伴走者だったというか、名コーチだったのでしょう。

隠し事する意味がない、というか。
私にとって客観性の基準のひとつでした。
後は漫画家のかなしろにゃんこ。さんとも、付き合いが長くて… 。
一緒にケーブルテレビに出演して下さったり、ワークショップに何回か参加して下さったり、助成事業でチラシや漫画を描いて下さったり、一緒に岩手県、福島県で復興支援講演会をしたり(笑)

やれるだけやった感と、やりきって貫いた感を味わった後、出版が本格化した、というタイミングの良さもありました(笑) プラス編集さんの言葉で 「細かいニュアンスは冠地さんが講演やワークショップの中で伝えて行けばよいんです。
それが冠地さんの強みなわけですから。 本はあくまで概要であり、基本に過ぎないんです。 主役は冠地さんなんです」 というのはかなり説得力がありましたね。
単に言いくるめられただけかもしれませんけど(爆)

上手いなあ。編集者さん。

コッチも最初から合わせる気、満々だったから、上手く調和できたというか(笑) むしろ講談社風アレンジの方が一般受けするだろうっていうのもバランス感覚的にありましたしね。

あと、本の補足をHPでしてよいって言われたので、頑張らなくても良いやって思いました。
本はどうしても文字数とか制約がありすぎて、元々私のこだわりを反映させるの、無理なんですよ。

いやほんと楽しみです。 目標はとりあえず10万冊くらい?

凄いですね、よくわかりましたね! 祖父が10万部のベストセラー本「説得の仕方」を出しているので、私もそれを目標にしています。 というか… 毎月1000部で10年間売れ続けると思うので、それくらい行くと思うんですよね(笑)

ええ、冠地さんの祖父は何者なのですか?

朝日新聞の記者で、元GHQの通訳。アメリカからディベートを輸入してきた日本人(笑)
冠地俊生さんですね。

なんと!おじいさまも似たようなことを・・・。ファミリーヒストリー、サラブレッドじゃないですか。

いとこが精神科医になったので…そっちが正当後継者でしょうね(笑) 私は異端ですよ…障害者は私だけですし。 まあでも一番、面白いかな(爆)

まちがいなく一番、面白いですよ。
個人的な希望として、今回の本は一般向けのノウハウ本としてライトに売るとして、今度は売れなくてもいいから冠地さんの独特の生々しさを濃縮して発酵させたような自伝本もぜひ・・。
そっちはそっちでドロドロのこだわりつくした冠地汁100%本も出して。
マニア向けにどうでしょう。

「自伝は売れません」って再三、編集さんに強くぼやかれたのでなぁ(汗)
そこは一ひねりしないといけないんでしょうね。 マニア向けならば、「ゴーマニズム宣言」チックに漫画の方が良いんでしょうね(笑)
私は母と親子本を出す方向を目指しています。 これなら売れそうだし、今までと違う流れで反響が出そうなので。

え?母と親子本!?。それってなんだか自伝よりも濃いじゃないですか❗

母はそういう才能がある人ですし、母がモチベーションを高めてくれることは、イイトコサガシにとって超プラスですしね(笑)

そこ、マザコンとか、親離れ、子離れのことについて指摘されたりしません?

他者から、親離れ、子離れのことについては言われていませんね。
多分、遠慮しているんでしょう。 できることならガンガン、そこを批判してほしい所、です。

さすがに怖くてあまり突っ込めないですよ(汗)。

親子本を書籍化するなら、避けては通れない、という意味です(笑) まあ批判される要素はあんまりないと思いますけど。

さて、冠地さんが1000回以上、各地で開催して洗練されてきたイイトコサガシワークショップに関してもお聞きしたいのですが。
イイトコサガシワークショップ自体の出来はすごくいいのだけど、冠地さんがあかんから、デブがダイエットを教えるようなもので広がらないという声を聞いたんですが。

「イイトコサガシ・ワークショップが広まらないのは冠地情の問題、そこに尽きる」って、自分でも公言していますから、私(笑) でも本当にその通りですよ。
私だから促進できた、牽引できた、深堀出来たけど、同時に私だから広まらないし、敵が増えるし、イメージがよくならないんです。

コミュニケーションを安定させず、常にカオスを意識してスクラップ&ビルドしていたので、しょうがないと言えばしょうがないです。 でもその代わり、私はハイブリッドの価値観・方法論を習得したので、全然プラス、と思っていますよ。

イイトコサガシには文字通り寿命をかなり使いました。
当初はSSTワークショップだったものが、今はちゃんとしたワークショップになった…それは中期イイトコサガシの頃の頑張りのおかげですから。

命をけずって作ってきた感じですね。
私は冠地情さんの「イイトコサガシワークショップ」や、奥平綾子さんの「おめめどう」のメソッドに、現実に役立つさまざまなものが結晶化されているように感じていて、医療や教育、福祉の世界にも広まって欲しいとおもって応援しています。

繰り返し、繰り返し、試行錯誤しているからでしょうね(笑) 執念もあるかなぁ(爆)

ただ、広めるのは無理って思いました。 私がファシリテーターをやっている限り無理。 他のもっと柔らかくて優しくて、でも試した時点で大成功!できる人がファシリテーターにならないと無理、と。
まあぶっちゃけ、本を出すことが先決だよな、というのが恐ろしいほど冷静に、納得ずくであったんですよ。 イイトコサガシ・ワークショップが発達障害の、生き辛さの答えになる人…10%くらいだなってことが大体、わかってしまったので。 だからワークショップの話で、自分のこだわりを貫くなんて気概は全くと言ってよいほどなかったんです。

さっきの話だとイイトコサガシって組織化しようとされていて、いいところまでいっていたんですね・・。

はい、NPO法人化目前でした。
でも私が「一旦、社団法人化して、NPO法人にステップアップする方向にしない?」と提案したら、NPO法人推進派がさーっと辞めて行きました。
それくらいNPO法人化に懸けていたから、しょうがないんですけどね。

自分も関わっているのでわかりますがNPOって内部でコンセンサス揃えるのも、定款作ったり行政へのさまざまな事務手続きも大変ですよね。

ぶっちゃけ、事務局の負担が大きすぎるので、イイトコサガシには無理でしたね。

冠地さんに来ていただいてコラボイベントをやった長野のピアサークル「発達障害あるあるラボ」(あるラボ)もNPO法人にするとか、既存の仲間がやっていた一般社団法人に事務局機能をもたせてなんとか組織化しようとしたこともあったんですけど。
やれメンバーの自由がなくなるとか、オレがコアなはずなのに差し置いてすすめるな、とか、だれがやるんだとか大変で結局あきらめました。

ですです。 目に浮かぶようです。
結論から言うと、法人化のデメリットがメリットを大きく上回るな、と。
みんなにとってというより、冠地情にとって、です。
やはり仕事量が分担されないのに、決定権だけ分担されてしまうのは…私には受け入れられませんでした。

今は、インフォーマルなセフルヘルプグループは特に運営なども気負わない、やりたいひとがやる。
いつなくなってもいいような、楽しさでつながっているゆるいサークルがいいのかなと私も思います。
だから「あるラボ」も組織の名前というよりは、方式名みたいなのがしっくり来ますね。
当事者であり支援者でもある人もまじりながら、対話重視で情報や工夫をシェアできる場みたいな方式としての。その形はひろめていきたい。

映画じゃないですけど、大きなイベントは実行委員会方式。 定期的なイベントはサークル方式がいいですね。
義務と責任をボランティアで担うのはきつすぎます。
仕事にして、報酬にしないと、多くの場合、続きません。
集団になると必ず、自分の理想を誰かにやらせることで実現させようという人が出てくるんです(汗)
だから、イイトコサガシの教訓は 「分裂は是。独立を積極的に提案し続けることが肝要」 でした。
そして少なくとも私は、色々な人たちを束ねられる器じゃない、ということは悟りましたね(汗)

おお、それは、まさに私が「あるラボ」の運営で学んだことと同じですねえ。
では、冠地さんは今後、イイトコサガシをどういう形で展開していきたいと思っていらっしゃいますか?

ちょっと、肩の力を抜いて、適当に活動しようかな、と(笑) 本質の深淵を追求する方が、ワークショップより優先かな、と。
こだわりで色々な展開を潰したくない、って言う気持ちが強くなっています。

本質の深淵の追求とは?

まずやりたいのは退化硬直予防の理解啓発ですね。

「退化硬直」って冠地さんがつくられた言葉かと思いますが、どういった状況のことを指すのですか?

使わない対話機能が衰えて行き(退化)、感受性が弱まり(硬直)、色々な生き辛さを悪循環させる温床になってしまう、という状況のことです。
他者に興味が弱い、心に傷の多い発達障害者等が陥りやすい、と私は思っています。

なるほど。学習性無気力とか、あきらめみたいな感じですかね?

学習性無気力だと現状維持っぽいんですよ。
私の実感だと、本当に退化しちゃうし、硬直しちゃうんです。 マイナスからリハビリして、ゼロに戻るのも大変なイメージなんです。

退化硬直は本人の意欲と、周囲の環境の相乗効果で大体は起きる事象です。 だから平均値の多数派を基本に子どもたちを育てている限り、発達障害系や生き辛い何かを持っている人はドンドン退化硬直になってしまう、というのが私の考察。

たしかに臨床現場でもそういうケースたくさん経験します。
大きな問題ですね。
荒れるなど外在化されている段階のものは比較的周囲もこまって支援の手も入りやすいのですが、引きこもり(内在化)となるとなかなか手も差し伸べにくいです。

あとは、ピアサポーターではない、当事者と支援者の両方を往復できる、両方の視点を自分事として対話できる、当事者支援者というジャンルを確立したい。
建設的な問題提起と対話がしやすい、それが当事者支援者の強み、ということです。
そのために
・義務と責任の明確化
・座学だけではない試行錯誤型研修の実践
・障害についての濃く厳しいヒアリング

を担う覚悟がハードルとして存在する、というのが大体の流れです。

そうすることで色々なことが交通整理しやすくなり、その結果… 社会&組織の底上げと活性化に繋がる、というわけです。

そうなってくると私もまさに当事者支援者という感じかもしれませんね。

それから、タイピング練習ソフトのコミュニケーション版、ボイストレーニングみたいな、一人コミュニケーションゲームの開発などをのほほんとできればよいかな、と(笑)

後はイイトコサガシワークショップに興味がある人に対応して行く形で。 オファーを基本に、やりたいことをやりたいようにやっていきたいですね。

いろいろ新たな展開がありそうで楽しみにしています。

樋端 佑樹 ✕ 冠地情

しおじりまちつくりフェスタ2019

11月16日10:00~塩尻市市民交流センターにて、塩尻市内で活躍中のNPO団体の活動報告や交流会を毎年開催しています。2019年度はあるあるラボ塩尻支部(勝手に表明^^)として参加。実は塩尻フェスタ参加は数年ぶりですが、自分以外の人間と参加できたのは初ですw

最初の計画として、「発達障害あるあるらぼミュージアム」(facebookサークル)に投稿された写真画像を動画にして繰り返しみてもらう事と、告知劇をやはり動画でみていただくはずでした。

ITに詳しいY氏が準備してくれたアップルビデオが、容量不足のためまったく用をなさなかったので、急遽トークショーに切りかえました。じみですがあるあるラボの活動に関心を持って訪問してくださった方々1人1人に、当事者目線で発達障害について語らせていただけたのは、逆に良かったかな?。

終了後の交流会で出た反省に沿って書きます。

動画を流せなかったのはほんとに残念。えんぱーく担当者の説明だと、ノートパソコンなら放映できたかもしれない。アップルテレビはかなり容量が大きいらしいです。ぜっかく重たい思いしてY氏が自前の機器を貸し出してくれたのに、検証不足だったのはわたしの責任です。来年の課題です。

その代わりトークショーを提案してくれたのも、Y氏です。わたしたち当事者のリアルな体験を聞いてもらい、交流ができた事はメリットでしょう。受付担当者によると、わざわざあるあるラボを目指してきてくださった方もいたそうで、あるあるラボの注目度の高さを思わされました。

トークショー

作品の展示に開始時間より30分遅れまでかかってしまいました。1人でやっていたので、汗だくになりました。これも検討の余地あるかな?

えんぱーくのついたては想像していたよりも3倍くらい大きかったので、20枚以上の作品展示(平均A4ていど)で4枚もあれば充分でした。裏表を画鋲で固定。

作品展示
作品展示

パネルに告知用A1ポスターを貼るのはけっこう技術いりました。

今回初めてお手製の段ボール額縁とファンシーなテープを使ってみました~。とてもいかした感じになった上に、コストが相場のい5分の1!

いろんな人が協力してくださった。塩尻は良い町です!

13:30~塩尻総合文化センターにて開催されました。

5人での開催でしたが、初めての参加者もいて周囲の無理解や、職場での人間関係など、あるあるのお話が飛びかい、活発に盛り上がりました。具体的な結論は出なかったのですが、それぞれが言いたい事を吐き出せたようなので、当事者会としてはまずまずかな?

専門家と言える人がいない(上村は認定ピアカウンセラー)事で、ハンデはあるかもしれません。まずは居場所作りとして、選択肢の1つに入れていただければ幸いです。

FACEBOOKグループでは、オンラインビデオチャットや文字チャットも有志で定期開催しています。こちらも選択肢の1つとして検討してみてください。

ぜひ連携していただける団体や活動大募集です♪

福祉業界のヨシモト、福岡寿さんの為になる漫談!
保育園の巡回相談などつかせていただき、講演も何回も聞かせていただきましたがおすすめです。本田秀夫先生と福岡寿先生の講演はリピーターが多い。

発達障害支援(特にASD)は、この2人のお話に、おめめどうの奥平さんの手立ての話を聞いて実践していけば大体いいかと思います。

2019年12月14日(土)午前10時〜12時(会場9時30分)
テーマ「子どもたちはネットやゲームの世界で何をしているんだろう」
講師:関正樹ドクター(児童精神科医・大湫病院)
会場:信州大学医学部旭研究棟9階会議室

申込みは信大子どものこころ診療部ウェブサイトから

遅くなりましたが、先日行われました発達障害障害あるあるラボ大人の部の報告です。

明科公民会で行われた会は、参加者10名でのんびりと会話をしました。私は子供二人連れだったのであんまり参加はしていませんでしたが途中で入ったり出たりをしながら話を聞きました。

コミュニケーションの齟齬や発達障害当事者同士の相性の話。
枠ってどういう事なんだろう?という話はとか。

枠組みは、二種類ありそう。
自分が見通しを持つ為のルーティーンとしての枠組み。
周囲が場をコントロールするための枠組み。
どちらも必要なのは、そこでその枠を利用する人の同意。同意が無い枠組みは足枷になってしまう。

子供たちの自殺が多い話も印象的でした。
「この大学に進学できなければ、自殺するしかないと思ってしまう子供も居る」
「学校に行きたくないから自殺をする」
こんなにも視野狭窄になってしまう、死が突然急接近してしまう環境に子供が居るとか、親からするとまあ恐ろしい話でしかない内容。

視野狭窄にさせてしまう枠も、学校や社会にきっと存在していて、それを大人が意識していないとしたら?
そしたら、子供が死ぬ理由が6割不明という謎も解けるかもしれないなと思わせるやり取りが起きた会でした。

図は、親のコンプレックスが子供に影響を与えている可能性が高いよねという話の時に書いたメモです。

あなたの親のコンプレックスは、子供の頃の貴方の枷になりましたか?
大人になった私のコンプレックスは、子供の枷になっていますか?

そんな問いかけを繰り返ししたくなった会でした。

次回は11月16日。伊那で開催です。
伊那は初上陸です!どんな人に会えるか楽しみです!

福祉会のプリンス。又村あおい氏の講演です。現状がわかりやすく、未来へのアイディアや希望が広がり、当事者にもなにかやろうと考えている人にもおすすめです。