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2020年8月30日、長野県の発達障がい児者連携協議会啓発部会の主催で医療教育福祉の合同研修会がオンラインシンポジウムで開催されました。

そのためにオープニングと休憩時間用に5分のショートムービー(寄せ動画)を作成しました。
ビデオメッセージとして、あるあるラボの皆さんにも多く参加いただきました。
ぜひ御覧ください。


研修会は以下のリンクから。アンケートに答えていただくことで、2020年9月22日まで見逃し配信をご覧になれます。

https://sites.google.com/view/hattatsurenkei2020/




しおじり市民交流センター(えんぱーく2F府r5イースペース)にて

今年コロナ禍発生後2回目の「当事者会inしおじり市民交流センター」を開催しました。zoom参加者だけで最初6~7人、リアルを含めると延べ人数が8人近い参加者でした。最終的には4人でのトークイベントだったのですが、様々な話題が飛び出ていつもながらバラエティに富んだ交流会となりました。

特に就業や自立に関しての話題では、みなさんの関心が集まり、様々な意見がかわされたのはご時世というべきでしょうか。これは障がいの有無に関係なく、多くの皆さんが抱いている不安ですよね。ましてや社会の底辺に生きる者にとっては、大きな問題でしょう。

生きづらさを抱えながらの単独での自立が、なかなか大変である点もいなめませんから、協力者が欲しいところでしょう。雑談が苦手なのも当事者ならではの課題です。なかなか1回の当事者会だけでは、解決策がすぐ見つからない事もままありますが、悩みを共有しあえる点はメリットの1つでしょうか。

前回、前々回と引きこもり中の当事者が参加してくださっていたのですが、実はとてつもない必死の覚悟で、参加していてくださっていたことがわかりました。会場まで足を運ばなければならないのは、当事者会の難点です。参加することで、誰かの一歩を支えることができるとしたら、当事者会の存在意義は、とても大きい事になります。

ささやかな活動ですが、体力が続く限り今後も続けていこうと、決意をあらたにしました。とはいえ、コロナパンデミックの影響もあって、オンライン中心にならざるを得ません。マニアックな人には、これだけでもハードルが高くなります。どうしてもリアル参加に人数制限をかけないといけないのは、主催者もつらいです。わたし個人の配慮のなさも浮き彫りになりました。

参加者全員に満足感を与えるのは、なかなか難しいです。どうしたらみなさんに安心して参加してもらえるのでしょう。今回は様々な課題を残しましたが、まずは開会できてよかったです。参加してくださった皆様ありがとうございました。ぜひこれに懲りずに何度でも参加してください~。

本日あるあるラボしおじり初カフェでの当事者会を開催しました。総勢5人というほど良い参加者での会となり、いつもながら濃厚で充実したものであったことはいうまでもありません。

ひとりをのぞいてオンライン参加でしたが、初顔合わせにも関わらずすぐ打ち解けたのは、当事者会ならではでしょう。近況報告を含めて様々な話題があがったのですが、地方では大人の当事者会がまだまだ少なく、ニーズはあるのに見つけるのが困難である現実を思い知りました。

その中でツイッターやSNSが当事者会のピックアップに有効であるという、耳より情報もありました。”いいね!”もしくは”フォロー”を積極的にタップしていくことで、様々な支援団体とつながるチャンスが増えるそうなので、もしも当事者会を探しているなら、試してみる価値はあるのではないでしょうか。

今回はzoomを活用したのですが、まだなじみが少ないことと”電話機能”その者が苦手という人も多く、当事者にとってなかなかハードルが高いアプリでる点も浮き彫りになりました。仮想現実での交流にとまどい入りこめないとの指摘は、何度か受けています。今後の解決すべき課題の1つです。

そうした不安を抱えながらも勇気を振り絞って、今回参加してみたという元引きこもり当事者もいますから、改めて当事者会の存在意義を確認できたのは収穫でした。

次回は数か月ぶりに公民館での当事者会です。ぜひお気軽にご参加ください。まだコロナ禍が続いている関係で、マスク着用とバーチャル当事者会となる点は、変わりません。不便極まりありませんが、今は忍耐するしかありませんね。ZOOM以外のToulも活用しながら、当事者会は継続したいと思っていますから、ご協力・ご理解のほどをよろしくお願いします。

あるあるラボ大人の部開催/2月22日(土)13;30~by塩尻総合文化センター(ふれあい広場)和室にて。

コロナウイルスの影響でしょうか、大人の部が初めて参加人数10名を切りました。いつもハイテンションのスーパー保健師およびわれらが会長も、姿を見せません。でも元気爆裂のadhdっ子らが、雰囲気を盛り上げてくれました。

いつもながら内容は濃厚です。やはり話題の中心は就労を含む職場での人間関係や、コミュニケーション障がいからくる生きづらさになりました。法律はできた、積極的に雇用の後押しも国をあげてしてくれたなど、10年前と比較しても数段に環境はよくなっているはずです。障がい者枠での就業であっても、ずれた配慮や同調圧力が目につきます。

当事者同士でも行き違いは生じますから、ましてや定型さんに「理解して!」と訴えるのは無理なのでしょうか。様々な意見が飛飛び交う中で明確な方向性は、提示されませんでした。多様な働き方や生き方を分かち合えるのも当事者会ならではです。わかってくれる仲間がいる、これだけでも続けていく意味があると思っていますが、いかがでしょうか。

シャロームサロン-のぞみカウンセリングから抜粋

(FBで好評だった投稿をこちらにも転載します。ご参考にしてください。)

強度行動障害とは、激しい自傷行為、何でも口に入れるなどの異食、危険につながる衝動的な飛び出し、他人への暴力や物を壊すなどの他害行為、繰り返されるパニックや頑固なこだわりなどの行動が、著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態のことを言う。知的障害をともなう自閉スペクトラム症の思春期から青年期に多くみられる。

 もちろん、まったく何の理由もなくいきなり強度行動障害の状態になるわけではない。その多くは、本人の特性を無視した苦痛と不安と混乱の中におかれた状況から逃れようとする行動であったり、長年にわたり人権侵害がなされつづけた哀しみの表出であったり、自分や他人を使ったいびつな遊び方であったり、適切な振る舞いを学びそこねた誤学習の結果であったりする。

 まず、知的障害があると言語や数字などをもちいた論理的、抽象的な思考をしたり、自分の考えや体験を言葉などで表現するのが難しい。

 さらに自閉スペクトラム症があると視覚や聴覚など外部からの情報をそのまま取り込みすぎてしまう一方で、疲れや痛みなどの身体内部からの情報を抽出するのが難しく、身体の反応を読み取ることで気づく感情も快不快のレベルから未分化のままであったりする。身体内外のさまざまな感覚刺激が処理しきれずに飽和しメルトダウンと呼ばれるパニックになることもある。 彼らは世界の感じ方、興味のあるところ、見ているところが多数派と違うため、周囲の状況、特に見えない時間の流れや、区切り、背景にある理由、他者の感情や体験などを想像する際にどうしてもズレが大きくなってしまう。

 そして知的障害と自閉症ががあわさると、知識をもとに周囲の状況を理解したり、自分の感情をとらえ、言語などで表出したり、適切な行動をとることがむつかしくなる。メタ認知を持ちにくいという状況である。しかしそういったわかりにくい状況をわかるように丁寧に伝え説明してくれる人はなかなかいない。また表出の支援もなかなかなされない。そんな状態で放置されているのに、多数派の理屈に従えないと、行動面だけをとらえられ一方的に叱責されたり、いじめや虐待をうけるなどの人権侵害を受けやすい。その構造が理解できない本人はただ理不尽なことをされているという体験となり、結果として周囲に対しても被害的な認知や劣等感をいだくことになる。

 さらにやっかいなことに自閉症は忘れることが苦手である。特に理不尽な思いをした嫌な記憶は細部に至るまで不快な感情とともに記憶に刻み込まれ風化せずに残る。そして過去の体験が今おきている現実のように生々しく思い出されて追体験されるタイムスリップやフラッシュバックとよばれる現象をしばしばおこす。

 パニックや不調の原因をたどると、今のの環境の苦しさや、身体の不調などの場合がもちろん多いだろう。しかしそれに加えて、学校でいじめなどの理不尽な体験をしたなどの場合は学校の近くを通るなどのトリガー(きっかけ)で不安定になっていたり、運動会で嫌な思いをした場合、運動会のシーズンのたびに不安定になっていたりすることもあったりする。これらはトラウマ反応の一種で、アニバーサリーリアクション、ローケーショナルリアクションとでも言うべきものである。
 こういうタイプの脳をもつ人に対しては、彼らの世界を尊重し、彼らのわかる方法で対話をくりかえし、幼少期からなるべく強引なことをしない一方で、この社会で生きていくために最低限必要なことをしぼって丁寧に伝えていくことが必要となる。少数派の彼らを多数派に近づけようと、拒否権を含めた選択肢が与えられないまま、強引に集団への適応に重きをおいたトレーニングなどに周囲がこだわると、幼少期から獲得すべき人や世界に対する基本的信頼感、自己肯定感を獲得しそこねてしまう。
 
 成人期までに、たとえ役に立たないようにみえることでも一人でも時間をつぶせ楽しめる活動をもっている方はよいのである。しかし幼少時より好きなこと、こだわりたいことを全て取り上げられ奪われていることも多い。

 本人の時間や空間、所有物などは尊重されず、主体的な選択に基づいて行動しその結果を自分で引き受ける試行錯誤がゆるされず、気持ちや体験、要求の表出もできない状態にしたまま親や教師など周囲の人は良かれと思っていつまでもマンツーマンで熱心にお世話をしがちである。えてしてそういう親や教師ほど熱心でいいという評価をえたりもする。こうして主体をうばわれたまま、人が関わらないと過ごせない状態をつくってしまう。

 また親や学校などで本人の精一杯の表出である行動を、問題として暴力や力で押さえつけられてきた方は、周囲の大人たちにその力がなくなると今度は逆に関わる人を力で支配しようとする。これまで関わってきた人たちからうけた理不尽な扱いが、フラッシュバックして目の前の支援者に向くこともある。こうして他害行為が激しくなった行動障害の方は、ますます居られる場所、関われる人がなくなり選択肢が狭まってしまう。大きな入所施設はもう新たには作られなくなった今の時代では、家族だけでかかえざるをえない状態になり行き詰まってしまう。

 また、障害があると青年期になっても、いつまでも子ども扱いされるなど、実年齢や性が尊重されていいことも多い。障害があると親と一緒にいるのが苦しい年頃になっても、親から離れる力が弱い。子どもの親離れを支援してくれる人もなかなかおらず、親は親で子どもの自立を願いつつも子どもの力を信じる事ができず、物理的、心理的にもなかなか離れられずいつまでも干渉しがちである。思春期〜青年期には親とは生物学的にも反発するものであり、こういう過干渉のストレスから行動障害をきたしている場合も多いと思われる。

 強度行動障害状態の方に対しては、おなじ人間としてリスペクトして、そのような行動しかできなくなってしまった彼らの苦しみと哀しみを想像し、いいところ、面白いところを見つけて付き合いつづけることができる人たちが、強力なチームを組むこと。

 そして感覚の過敏や過鈍に対応した自助具や環境調整、身体アプローチをおこなうこと。時間と空間の構造化、カレンダーやスケジュール、筆談や絵カードによるコミュニケーションなど本人にあった情報環境をととのえること(巻カレ、コミュメモ(おめめどう®)、VOCA、PECSなど)。本人と対話を繰り返すことで信頼を得ること。余計なお世話をせず、本人が自ら選んだ行動をして、その結果も自分で引き受けられるように粘り強くかかわり、支援者も彼らとともに成長していくことが必要であろう。

 彼らのユニークな視点や表現はこの世界に絶対に必要なものである。仲間はずれにせず、見えないところに追いやるのではなく、同時代を生きる仲間として彼らから学びともに歩んでいきたい。

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強度行動障害の予防、改善に興味のある方は→「脱!強度行動障害グループ」にご参加ください。
https://www.facebook.com/groups/470864929960904/

株式会社おめめどう®についてはこちら。
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コロナの影響で中止のようです。残念

長野ダルクをでて松本で生活をはじめた、あきひろお兄さんと長野ダルクの竹内さんの講演会とミニコンサート。松川村で毎年コンサートをされていますよね。

今回は3月14日(土) 14時30分〜16時 豊科公民館大ホールで開催です。

おかいつ(おかあさんといっしょ)マニアの方も、お子さん連れでも楽しめることは間違いなしです。


「ダメ、絶対はではダメ!」と松本俊彦先生はいっていましたが・・。

これまた新コロの影響で延期のようです。
詳細→よつ葉の会

申し込み↓↓
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