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3月15日〜17日

3月15日(金) 18時30分〜21時 ヤマベホッサで上映会(里山辺)

3月16日(土) 13時30分〜16時30分 塩尻市えんぱーく5Fイベントホール
   上映会とパネルディスカッション

3月16日(土) 18時30分=21時 恋する虜(城東)

3月17日(日)13時〜16時
   会場:あったかユニットほくほく堂(筑摩)

あるラボメンバーもパネルディスカッションに参加しまーす。

遅れましたが、23日に行われました発達障害あるあるラボの報告です。

私は長男を連れての参加。
どうもエネルギーが足りない今は、親から離れたくないらしく、親の行くところには一緒に居たい様子です。

午前中は岡谷市でジークンドーを行い、さあ移動と塩尻市へ。
駐車場に停めた所でもう一度場所を見たら南松本でやるって書いてあるじゃンね。

諦めてご飯食べてから高速使って移動して、半分だけ参加しました。

いわゆる『発達障害のグレーゾーンってどこからどこまでを指すの?』という話題からスタートしましたが、やはり周囲と発達障害当事者の認知のズレが大き過ぎて、互いの要求の度合いが高くなり過ぎて問題が起きるという話題へ。

それは仕事、人間関係、住んでいる場所の医療や福祉的な資源など多岐に渡ることに。

結論から言ってしまえば

『貴方は私ではなく私は貴方ではないので、〈ここまでが出来て当然〉という認知そのものにバイアスが働いているパターンが多い』

という実にシンプルなものでした。
だからこそ

♪お互いの認知の自己開示
♪その上でのルール決め
♪どうしてもわかり合えない時には
 積極的に丁度よい距離を取る

というコミュニケーションのツボを押さえていくのが大切なのではという結論へ。

理解して欲しいけど、理解して貰えないという葛藤は個々のとても大きな生きる課題ですらありますが、その中でどう振る舞ってどう理解者を増やしていくかもやはり大きな課題かなとも思いました。

後程、参加した方から感想を貰いました。

『初めて参加しましたが、とても安心して話しが聞けて、一人じゃないんだと思えました』

会の狙いそのままです。
次回以降は親子の会、番外編の医療ユーザートーク、そして年に一度のお祭りトークライブと続きます。

皆様のお越しをお待ちしていると同時に、場所間違えるのやめようね私!

(ひろぽん)

(追記)

同席していた息子は、途中で一方的な怪獣トークを申し出で行いまして(お母さん、いつもこの時怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしてます)参加者全員が黙って息子の解説を聴くというコーナーも作っていただきました。
息子、とても満足した後会の最中に昼寝をしまして、起きたところで再び『松本市に現れた怪獣について』一方的に語っておりました。
本当に皆さん、ありがとうございます。
うちの息子は怪獣の勉強の成果発表の為にあるあるラボに来ています。

児童養護施設関係の研修会に参加させていただきお話させていただき、現場の方々と交流しました。

児童養護施設にいる方々の多くは発達特性×不適切な養育という、二重のマイノリティを背負った子たちです。

乳幼児期には親への支援が乏しすぎ、「お母さんなんだからがんばらなきゃ」と指導されてしまう。頼る人がいなくても貧困であっても発達障害・精神障害があってもそれは変わらず、援助希求を諦めてしまいます。

思春期に突入しても、それまでに意欲のエネルギー(基本的信頼感、自己肯定感、自己効力感)を高められなかった子たちが多いです。
安心できる場で好きなことを見つけてエネルギーを貯めること、そして自分と社会を知るために支援付きで試行錯誤ができることを保証することが大事ですが、施設を出た高校時代の後にはなかなかそれを社会として保証、許容するものがない。そこでまた子どもができ次世代へと逆境が引き継がれてしまう。

とくに家族機能の乏しい、戻る家のない子どもたちにとってはなおさら深刻です。

というような課題が浮き彫りになりました。

1世代(約30年)頑張れば潮目が変わるとおもうのですが・・。
人口も減っているというのに、みんなから集めたお金でスポーツのお祭りや万博やってカジノつくったり、沖縄の海を埋め立てて基地をつくったり、中央アルプスに穴をほって早い乗り物を通したり、戦闘機を買ったりしている場合じゃないとおもうのですけどね。



3月9日には穂高での親子あるあるラボと日程がかぶりますが、全国的にも有名な高森信子先生のSSTが安曇野市であります。
親子関係で悩んでいる方(特に親)にはおすすめです。

オープンダイアローグといいこういう流れだなあ・・。

長野県北安曇郡松川村の鈴の音ホールロビーで、安曇養護学校に通う知的障害をともなう重度自閉症の青年の個展が開催されています。

啓発にとどまらず素敵な視点、切り取り方、色使いの作品を数多く見ることができます。

実はこのページの題字や、トークライブに缶バッチにしたカメやオウムの絵も画伯の作品です。是非、期間内に訪れてみてください。

自閉症には筆談コミュニケーション

地域内の複数の相談支援センターが合同で企画した、平成30年度松本圏域強度行動障がい児・者事例検討会が開催されました。
多くは福祉事業所(行政、行動援護や相談支援、放課後等ディ、生活介護、入所施設など)の関係者でしたが地元の特別支援学校の先生の参加もありました。

昨年のこの時期に開催した会は地域の体制に関してのグループワークでしたが、本年度は事例検討会でした。
だいぶ地域でのコンセンサスができてきたように思います。医療、教育、福祉、行政、親の会などで当事者の人権を共通理解、言語にした連携ができるといいなと思いました。

ミニレクチャーのあと事例検討を2ケースしましたが、やはり支援者間での統一した関わり、母子分離、スケジューリング、コミュニケーション(声掛けで終わっている)に課題がありました。筆談コミュニケーション、選択肢を示して本人にちゃんと聞く、自分で動けるような環境調整などが基本として広まるといいと思います。医療の位置づけは相変わらず課題で、医療者はこういう場に出てこない(来られない)し、一番遅れているなぁ・・。

同僚と広めまくっていて当地でもだいぶ浸透してきた、おめめどうのグッズ(巻カレンダー、スケジュール、コミュメモ)や考え方を実例とともに紹介して、実際にグッズや書籍の販売も行いました。聞いたことはあって知ってはいる人は増えてきましたが実際にネットで注文までする人はまだ少なく、こういった場での直接販売はニーズはありますね。

相談支援期間、養護学校の先生なども購入してくれ職場でも共有すると言ってくれました。とりあえずどんどん使ってみて感触をつかんでもらえればと思います。

2月23日、松本市なんなん広場和室で大人の発達障害あるあるラボが開催されました。

松本の開催は人数が多く、30人程度の参加者があり、リピーターの方、新規の方の参加があり、こういった場のニーズをひしひしと感じました。成人の当事者会は県内でも珍しいとのことで今回は信濃毎日新聞社の記者さんも見えて取材していかれました。


忘れることが苦手で全部入ってきて苦しい、なかなか理解者を得られないなど、さまざまな体験、経験が語られました。

どう伴走者をみつけるか、価値観を押し付けてくる行政の人とどうコミュニケーションをとるか・・。好きなことをどう見つけていくか、などの話題となりました。

自分が見えない部分を説明してくれと納得できる。手紙くらいのスピートのコミュニケーションもちょうどよく長く関係が続いている。誰であれ100%わかってもらおうと思うと苦しくなる。嫌味や価値観を押し付けてくる人とは無理に分かり合おうとしないでよいのでは・・といった意見もでました。

大人の部は第3土曜日13時30分〜15時30分で開催していきたいという意向です。

また4月6日(土)には塩尻総合文化センター講堂で昨年に引き続き啓発イベントを開催します。午前親子の部、午後大人の部でそれぞれゲストも呼んでのトークライブとなります。是非ご参加ください。

2月21日に再び障がい者との関わりを考える会(交流会)に参加してきました。前回同様今回もわたしがパネラー(課題提出者)を努めました。資料も同じものを準備していただき、同じ話題で、今回はグループごとのデスカッションが主体です。

わたしが話した内容は別ページでご紹介します。当事者就労について

わたしの意見をより理解していただくため、当事者仲間の了解をいただいて、資料として、まとめてみました。実はこういう事例は私たちの間では、けして珍しいことではないのです。

かいつまんで解説すると、重複した障害を持つKさんは、障がい者枠で就労移行支援に就労しました。組織がきっちりしたところだったようで、特性が職場の雰囲気や方向性に合わなくなってきました。職員仲間の方々の対応が、本人のニーズとあっていないのです。何度も話し合いを持つも、なかなかこちらの言いたいことが、職場に伝わらないもどかしさを、ずっと感じていたKさんは、通訳をつけてもらったのですが、その通訳者も会社側の立場にたって、一緒にKさんを追い込む形になりました。

コミュニケーションがうまくできない、発達障がい者の特性が、悪く出てしまった事例です。

  • 早期の療育が重要。
  • 子供のうちから障がい者とのふれあいを通して、みんな違っていいんだといった観念を、子供たちに学ばせるべき。
  • 国は障がい者雇用を、強く推し進めるが、実際企業側の受け入れ態勢はどうなのか?もっと学ぶべきでないか
  • Kさんが重複した障害を持ちながら、障がい者枠で就労移行支援施設就労できたのは、ものすごい努力のたまものという意見がある一方、厳しい環境でもうつにならない人もいます。昼休みでもよりそって声かけしてくれる人がいたら、うつにならなかったのではないか。職場とは別に居場所も必要との意見もありました。
  • 障がい児を子に持つ親は、毎日がマニュアルです。企業にもっと学んでほしい。
  • 講演となると大半は、専門家や大学の偉い先生だったりします。しかし当事者の言葉にこそ耳を傾けるべき。当事者は(できる人が)どんどん情報発信していくべき

といった意見がでました。

いずれも理にかなった意見です。特に「障がい児を子に持つ親は、毎日がマニュアルです。企業にもっと学んでほしい。」は、ほんとにそう思います。多くの企業に届けたい言葉です。

今回は15~6人というこじんまりした集まりでしたが、だからこそじっくりと落ち着いて話しあう場となったように感じました。集まった人たちの顔ぶれは、A型就労所職員、企業家、当事者の親、支援団体責任者といった、高い意識を持った人たでした。ぜひこの働きが無関心層の間にも、拡大していって欲しいと願います。

次回は身体障害当事者による発表が、予定されているそうです。当事者の声に耳を傾けてもらえる機会が、なかなかないのでこうした取り組みを、始めてくれた長野Tribeさんには、ほんとに感謝しています。

こうした取り組みがさらに、横に拡大していってほしいと願います。

長野Tribeさんのホームページ

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わたしはADHD(注意欠陥多動性障害)、ASP(アスペルガー症候群)、うつ病二級、学習障害、虐待後遺症などがあります。ずっと子供の時からいじめにあってきました。大学卒業後仕事を転々とします。

人間関係がうまくいかない、覚えが悪い、不器用、作業能力が低いなど。。で最速1週間で解雇。今は在宅業務(’内職)と障がい者年金で生活しています。NHKさんが頑張ってくれている事もあって、かなり「発達障害」の知名度は以前よりは上がってきています。

だけど内容までは理解が進んでいないと感じることが多々あるのです。特に企業の多くがはたして発達障害のみならず、精神障害をどれくらい理解できているのか疑問です。

放送番組ニュースでの1シーンが、端的にそれを物語っています。

一般企業の人事課の方の一言。「身体障碍者」もしくは「知的障碍者」はマニュアルがまとまっているので、いいのですが、精神障碍者(発達障碍者も含めて?)はマニュアルがないので、雇用できません。」

はい?この方はいったい何を言っているのでしょうか。

もしかして人とのかかわりは、すべてマニュアルですか?

わたしたちは、マニュアルで生きていませんよ。マニュアルを否定しません。だけどマニュアルでははまりきれない要素を、たくさんもっているのが人間です。なぜ人間そのものをみてくれないのでしょうか。

今全国各地で発達障害者等をテーマに取り上げた講演会が、開催されています。毎回たくさんの方が参加されて、勉強してくださっているのはほんとにありがたい限りです。

講師はたいてい大学の偉い先生だったり、研究者だったりします。たまに当事者で講演会を開いている方もいます。この方々が伝えてくれているのは、ごく一部です。

ほんとうに障がい者を理解したいなら、個人個人と関わる以外にないのだと、いかげん学んでほしいと、切実に思います。

発達障がいの子どもの周囲の関わりで残念なあるあるパターン

幼少期にアセスメントがなされないまま、あるいは気づかれていても支援にたどりつけない場合(最初のボタンの掛け違い)があります。この場合、本人に合わない普通を強要されて、就学に間に合わせるためにスパルタ療育をうけたり(虐待)、苦痛と混乱と不安の中に放置(ネグレクト)されて理解と必要な支援に乏しいまま、理不尽な叱責や失敗を繰り返し、イジメ被害などにもあいやすく集団がますます怖くなり対人関係の経験がつめなくなります。本人は苦しくても気づかないかうまく表現できず我慢を重ね、自己肯定感をどんどん下げ、頑張って過剰適応していた場合もどこかで学校にいけなくなります。それでも無理に行かせようとすると大暴れしたり、身体症状や精神症状(摂食障害、解離性障害など)で訴えます。その行動や症状にだけ目が行き、さらに叱責されたり苦痛を強要されたりしてこじれてから、「もはや教育の問題ではない、なんとかしてくれ」と精神医療の眼の前に現れます。


そこでもSOSを拾い上げうまく対応できればいいのですが医療でも、周囲の都合で薬飲ませたり隔離したりして姑息的な対応だけになったばあい、その場は一時おちついたとしても、物心のつく思春期に突入するとお薬も特別支援も主体的に自分で選んでつかえず(内なるスティグマ)、援助希求できず親の言うことには反発が激しくなり、さらにひきこもるか荒れることになります。統合失調症や気分障害などの精神疾患発症のリスクにもなります。この辺りで初めて学校や小児科から入院でなんとかならないかとか、どんな薬を使えいいんでしょう?と精神医療に相談されることが多い・・。


それでも、やはり本人は想像上の普通なるものを目指して中学からは心機一転、全登校すると部活や授業も頑張ってみたりしますが、やはり疲弊して中学1年の秋ごろからぱったりいけなくなって、中学2年生ではほぼ不登校になります。そこで親も世間体を気にせず覚悟をきめ、本人も家で好きなことをして力を溜めて過ごせれば良いのですが、他にすることがないと大抵反応的にゲームだけになります。それでも中学3年生の秋から高校が気になりだし、少しずつ動けるようになり、通信制も含め、あう高校にいければよいのですが、エネルギー尽き果て試行錯誤の経験も積めず、そのまま長期引きこもりに移行という場合もあります。
外からの手がはいらず、家族が過干渉で隠そうとしたりして、親離れ、そして特に子離れができないと時々荒れながらも、受動、自閉となり、80−50(親が80歳、子どもが50歳、親が認知症になったり要介護になり子どもも社会的に発見!される)までそのままになることになります。残念ながらここではじめて精神医療に相談されることも・・。


どの時点からでも成長、回復はできるとは思いますが、カギは子どもの頃から本人に選択肢を示し、ちゃんと聞いて、したい性を引き出し、支え、つなぎ、見守ってくれる大人の存在です。好きな活動や役割での経験、将来をみすえた見通し、それらを通じたほそぼそとでも親以外の大人や友人とのつながりがあるかどうかです。そして何より本人の人権尊重を基本に親や支援者が関われるかどうかです。医療はあくまで生活をささえるための脇役、サポートしかできません。

そもそも合わない学校生活になじむ、適応する必要があるのかからだなあ・・(^_^;)。ペンギンのヒナなのにカモメの学校に行かされているような場合もあるわけだから。

あるラボをやっているのはこういうのをナイナイにしたいためでもあります・・。